豪ドルはなぜ下がるのか――タカ派の豪州準備銀行でも支えきれない、9月14日の市場構造
9月14日の豪ドル米ドルは、朝方の0.7143付近から徐々に水準を切り下げ、夕方には0.7127台まで下落しました。
一見すると、少し理解しにくい値動きです。
オーストラリア準備銀行は、中東情勢による燃料価格の上昇や供給制約、AI需要に伴う半導体価格の上昇などを背景に、インフレリスクが上方向へ偏っているとの認識を示しています。追加利上げの可能性も意識されており、通常であれば豪州金利の上昇を通じて豪ドルを支える材料になります。
それにもかかわらず、豪ドル米ドルは下落しました。
今回の値動きを考えるうえでは、単純な「豪州がタカ派だから豪ドル高」という見方から、一段深く市場構造を見る必要があります。
豪州の金利上昇より、米国の金融条件が強く効いている
現在の為替市場で重要なのは、政策金利の絶対水準ではなく、各国の金融政策が今後どこまで引き締まるのかという「政策パス」の比較です。
米国では、インフレ指標の強さと原油価格の上昇を背景に、今週のFOMCで追加利上げが行われるとの見方が強まっています。米10年国債利回りも4.9%近辺の高い水準にあります。
この状況では、オーストラリア準備銀行が追加利上げを示唆したとしても、それだけで豪ドルが買われるとは限りません。
米ドルには、高い金利だけでなく、世界で最も流動性の高い通貨であるという性質があります。地政学リスクや株式市場の不安定化が重なる局面では、金利と安全資産需要の双方から資金が集まりやすくなります。
したがって、現在の豪ドル米ドルは、豪州の金融政策だけではなく、米国の実質金利、世界的なドル需要、そして豪州経済の耐久力を同時に比較して価格が形成されていると考えた方が適切です。
「資源高なら豪ドル高」が今回は機能していない
今回もう一つ重要なのが、原油価格の上昇です。
一般的には、資源価格の上昇は資源国通貨である豪ドルにプラスと説明されます。しかし、現在起きている資源価格の動きは、それほど単純ではありません。
WTI原油は100ドルを超えて上昇する一方、鉄鉱石は98ドル前後まで弱含んでいます。
豪州にとって望ましい資源高は、鉄鉱石や石炭、液化天然ガス、非鉄金属など主要輸出品の価格が上昇し、輸出所得が増えることで交易条件が改善するケースです。
ところが今回は、国内の燃料・物流・農業・建設コストを押し上げる原油価格が上昇する一方、主要輸出品である鉄鉱石には力強さがありません。
同じ「コモディティ高」でも、中身が異なります。
輸出所得の増加よりも、国内コストの上昇が目立つのであれば、豪州経済にとっては好ましいインフレとは言えません。企業収益や家計の実質所得を圧迫する、いわば「悪いインフレ」に近づきます。
これは豪ドルにとって非常に重要です。
原油高によってインフレが上昇し、それを抑えるためにオーストラリア準備銀行が金利を引き上げる。しかし、その利上げによって住宅、消費、中小企業など金利に敏感な部門がさらに弱くなる。
つまり、金利上昇による通貨へのプラス効果と、景気悪化によるマイナス効果が同時に発生します。
豪ドルにとって問題なのは「高金利」ではなく、その理由
為替市場では、高金利通貨が買われやすいという考え方があります。
しかし、現在の豪州については、単純に政策金利の高さだけを見ることは危険です。
経済成長が強く、需要が旺盛で、その結果として金利が高いのであれば、通貨にとって比較的良い高金利です。
一方で、成長が鈍化しているにもかかわらず、供給制約や燃料高によってインフレが下がらず、中央銀行が金利を高く維持しなければならないのであれば、意味は大きく異なります。
市場が警戒しているのは、まさに後者です。
豪州では住宅市場の調整、生活費負担、企業の資金調達コスト上昇がすでに確認されています。そこへさらに燃料高が加わっています。
したがって、オーストラリア準備銀行の追加利上げ観測が強まっても、市場がそれを「豪ドルに有利な金利上昇」ではなく、「将来の成長をさらに削る引き締め」と評価すれば、豪ドルは上昇しません。
今回、タカ派材料が出ても豪ドルが買い戻されなかった背景には、この評価の変化がある可能性があります。
住宅ローン市場では金融政策の伝達にも歪み
さらに興味深いのが、豪州の住宅ローン市場です。
オーストラリア準備銀行が金融環境を引き締めようとしている一方で、銀行間では住宅ローン顧客の獲得競争が激しくなっています。新規顧客向けの住宅ローン金利を引き下げる動きも出ています。
中央銀行がブレーキを踏んでいる一方で、商業銀行が一部の顧客に対してアクセルを踏んでいるような状態です。
こうなると、政策金利を引き上げても、その効果が経済全体に均等には伝わりません。
既存の住宅ローン利用者や資金繰りの弱い企業には強い引き締めが効く一方、新規顧客や信用力の高い借り手には銀行間競争によって負担が軽減されます。
金融政策の伝達経路が歪めば、同じだけ需要を抑えるために、より長期間、高い政策金利が必要になる可能性もあります。
これは短期的には豪州金利を支える一方、中期的には住宅、信用、消費への負担をさらに重くする要因です。
ニュージーランドはさらに難しい政策環境
ニュージーランド準備銀行も、非常に難しい状況に置かれています。
ニュージーランドでは、原油高が輸入インフレとして経済に入りやすい一方、住宅市場や内需にはすでに弱さがあります。
サービス業指数は拡大圏を維持しているものの、雇用指数は50を下回っています。
企業活動そのものが完全に縮小しているわけではありませんが、企業が積極的に人員を増やす状況でもないということです。
ここで燃料価格がさらに上昇すれば、ニュージーランド準備銀行はインフレを警戒しなければなりません。しかし、利上げを強めれば住宅ローンや企業借入への負担がさらに増えます。
インフレを放置することもできず、強く利上げすることも難しい。
政策余地が非常に狭くなっています。
一方で、観光客数の回復、純移民の増加、乳価見通しの改善など、外貨獲得力を支える材料もあります。
ただし、乳価だけを見ればよいわけではありません。
今後エルニーニョによる干ばつが生産量を押し下げれば、乳価が高くても農家の所得が増えるとは限りません。実際に重要なのは、乳価に生産量を掛け、そこから燃料費、肥料費、金利負担を差し引いた後にどれだけ所得が残るのかという点です。
この実質的な所得構造を見る必要があります。
豪ドルとニュージーランドドルは「対米ドル」と「相対価値」を分けて考える
ここまでを見ると、豪ドルとニュージーランドドルはいずれも米ドルに対して弱くなる可能性があります。
ただし、両通貨の弱さは同じではありません。
オーストラリアには資源輸出と比較的広い金融政策余地があります。一方、ニュージーランドはエネルギー輸入への依存度が高く、住宅市場の弱さもより深刻です。
そのため、豪ドル米ドルとニュージーランドドル米ドルが同時に下落していても、豪ドル・ニュージーランドドルでは豪ドル優位が続くという相場は十分に成立します。
為替を見る際には、「豪ドルが弱い」と一括りにするのではなく、米ドルが強すぎるために豪ドルが下がっているのか、それとも豪ドルそのものの相対価値が低下しているのかを分けて考える必要があります。
AI投資の減速懸念も豪ドルに無関係ではない
今回、新たに意識されたのがAI開発を巡る問題です。
主要AI企業の経営陣自身が、技術開発の速度について警告を強め始めています。
これまで市場は、AI関連投資が今後も拡大し続けるという前提で、半導体、データセンター、電力設備、送電網、銅など幅広い分野を評価してきました。
もしAI投資が減速すれば、豪州の電力需要や建設需要に対する圧力は弱まり、中長期的にはインフレ抑制に寄与する可能性があります。
しかし、同時に銅や資源需要、設備投資需要への期待が後退すれば、豪ドルにとってはマイナスです。
株式市場でAI関連資産のリスクプレミアムが上昇すれば、短期的には米ドルへの逃避も起こりやすくなります。
つまりAI投資の減速は、豪州のインフレには長期的にプラスとなる可能性がある一方、短期の豪ドルには逆風となる可能性があります。
今週のFOMCで見るべきは「利上げ」ではなく「差分」
今週最大のイベントはFOMCです。
市場では0.25%の追加利上げがかなり織り込まれています。
そのため、単純に「利上げならドル高、据え置きならドル安」と考えるだけでは不十分です。
最も重要なのは、事前に市場が想定していた政策金利の経路と、FOMCが実際に示す政策経路との差です。
0.25%利上げが行われても、その後の追加利上げに慎重な姿勢が示されれば、米金利が低下し、ドル売りになる可能性があります。
反対に、利上げ幅が予想通りでも、金利見通しが大きく上方修正されれば、米ドル高が加速する可能性があります。
仮に据え置きとなれば、現在まで積み上がった利上げ織り込みが一気に巻き戻されるため、豪ドル米ドルにも大きなショートカバーが発生する可能性があります。
イベントそのものより、市場予想との差が価格を動かします。
0.7100は単なるテクニカルポイントではない
現在、豪ドル米ドルでは0.7100が重要な水準として意識されています。
ただし、これは単なるチャート上の支持線として見るより、現在のマクロ環境が維持されるかどうかを確認する境界として見た方がよいでしょう。
米金利が高止まりし、原油が100ドル台を維持し、鉄鉱石が戻らず、VIXが高い状態が続くのであれば、豪ドル米ドルが0.7100を割り込む条件は徐々に整います。
反対に、原油価格が下落し、米金利が低下し、VIXも落ち着くのであれば、豪ドルは現在の下落を短期間で巻き戻す可能性があります。
今週の豪ドル米ドルを考える際には、豪ドルだけを見ても十分ではありません。
米国金利、原油、鉄鉱石、VIX。
この4つがどの方向へ動いているのかを同時に確認する必要があります。
現在の豪ドル安は、オーストラリア準備銀行がハト派だから起きているわけではありません。
むしろオーストラリア準備銀行がタカ派であるにもかかわらず豪ドルが上昇できないことそのものが、現在の市場環境の厳しさを示しているように見えます。
豪ドルにとって本当に重要なのは、政策金利が何%になるかだけではありません。
その金利が、強い経済を背景にした高金利なのか、それとも成長を犠牲にしてインフレを抑え込むための高金利なのか。
市場は、その違いを以前より厳しく見始めているのではないでしょうか。
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